父が亡くなってすぐ、父がよく夢の中に出てきてくれた。寂しがる私を励まそうと傍にいてくれた。
夢の中で、なぜか私の部屋の布団で眠っている父に、「行ってきます」と言ったら、「行ってらっしゃい」といつものように言ってくれた。
目が覚めて、まるで生きている父に会えたみたいですごく嬉しかった。そして、そっと泣いた。
あの父の優しさは、他の誰にもない、父だけの宝物だった。もう二度とあの優しさに包まれることはないのかと思うと、胸をかきむしりたいほど苦しい気持ちになる。
この気持ちに、ふさわしい言葉を私はまだ知らない。
もう二度と会えないということが、こんなにも苦しい。
戻らない時間と、戻らない命。父がいた世界と、そこで生きていた私。そこにはもう、どれだけ願っても行くことはできない。
お父さん。ありがとう。って、最近思える日が増えた。それまでは、馬鹿野郎って思ってた。ガンにも、医者にも、怒ってた。
いなくなると分かってて、傍にいる時間が辛かった。実家に帰ればまだ確かに父は生きているのに、そこにいる父をみると、まるで生き返った人を見るような気持ちになることもあった。ああ、まだ、生きてる。確かに生きて、ここにいる。幻の生き物を見ているような、薄く消えていく命を見届けているような、そんな気持ちだった。
父は病室で死んだ。誰にも迷惑を掛けないように死んだ。あっさりと、さっぱりと、父はいつも、そうだった。人に迷惑をかけるくらいなら、何も選ばない人だった。「もういいよ、もう家に帰りなさい」そう言っているようだった。あの病室での時間を思い出すと、今でもトラウマのように私を傷つける。父の最後。母親が目を放した隙に逝こうとして、慌てて母を呼びに行ったっけ。姉が見ててくれて、母が来たら少し、脈が動き出したね。そしてちゃんと、皆に見送られて天国へ行ったね。私も行くよ。必ずそこへ行く。また会おうね。会えるのが楽しみ。私ね、天国で会ったとき、恥ずかしくないように生きるね。お父さんに笑われないように生きるね。褒めて貰えるように生きるね。誇らしい娘であれるように生きるね。
毎日思い出すよ。毎日お父さんのことを考えてる。写真を見て、実家には今までみたいにいるような気がしてた。でも時が立つと、実家にいる父の動画や写真を見ると、それが奇跡だったって感じるようになった。もう取り戻せないものだって思うようになってしまった。それが、悲しい。そういうことが現実になっていくことが、悲しい。
私は父の命のバドンを受け継いで、生きさせてもらえた。この世界に生まれて、いろんな感情を知ってる。命をつくるということは、それはとてつもなく、すごいことなんだって父の死をもって知った。そうして受け継がれて続いてきた、私は知らない先人たちの命の今が私で、そしてもし私が命をつくったら、その子もまたこの地球のどこかで生きていくんだな。どちらでもいいと思う。子どもを産んでも産まなくても、大勢に影響はない。ただ一つ今私の心にあるのは、先人たちへの感謝の気持ち。生きて、命をくれて、ありがとうっていう気持ち。
世界は広くて、人間だって微生物みたいなものだ。生きるためだけに生きていない、少し知恵のある、文明の発達した微生物。
そう思うと、先人たちが積み重ねてきた美しい物事のすごさを感じる。人間が造り出した美しいものに囲まれて、生きていきたいと思う。
愛してた。愛してる。私を愛してくれた人。世界中に一人しかいない、偉大な、偉大な、偉大な、父。これからも永遠に愛してる。父が私たちを、永遠に愛してくれたように。


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